along
名人戦7番勝負を3勝1敗。
この対局に勝てば最も高いところに手が届く。
「行ってらっしゃーい。気をつけてね」
『真織の方こそ、いよいよなんだから気をつけて。何かあったらホテルとか連盟に電話入れてよ』
「大丈夫だよ~。検診でも問題ないって言われたし、予定日まであと半月もあるんだから」
『それでも対局が終わったら真っ直ぐそっちに行く。それで真織……』
「わかってる。見てるから」
里帰り出産のため、2週間前から実家に来ていた私は、駅に向かっている直と電話でそう会話した。
心の底から本心で言い切ったし、嘘をつくつもりなんてなかった。
だけど、もしどんな状況であれ、私は同じセリフを言うつもりだった。
今の直は何の憂いも迷いもなく送り出してあげなきゃいけない。
それが私にとって人生の一大事でも。
あとから直に怒られたとしても。
電話の最中もちょーっとだけ「ん?」とお腹に違和感を持ったのだけど、「そろそろ前夜祭の時間かなー」と思う頃には、違和感なんて生ぬるいものではなくなっていて。
「お母さん! これ、絶対陣痛だと思うんだけど! でも前駆陣痛っていうのもあるらしいし、どっちかな? 経験ないからわかんないよ~~」
「とりあえず病院に電話!」
慌てて操作するものだから何度も打ち間違えてようやく繋がると、「5分間隔になったらもう一度連絡ください」とすげなく切られた。
えーーっ! 痛いのにー!
行っちゃダメなのー?
うんうん唸っても5分間隔になんてならなくて、一晩を越える頃にはもうすでにボロボロ……。
放送時間になり、つけるだけつけたパソコンの中の直がぼんやりかすんで見える。
ああああ、名人戦どうしよう……。
「真織、直君には本当に連絡しなくていいのね?」
「どうせ男なんて役に立たないんだから仕事に専念してもらう。名人獲って、この子のミルク代稼いでもらわないと」
直には連絡しない。
子どもを授かった瞬間からそれは決めていた。
可能ならば妊娠したことさえ知らせずに、こっそり産んでしまいたかったくらいだ。
もし私に万が一のことがあったら、それはお医者様や私の両親が判断してくれるだろう。