along
折笠名人が立会人に何か告げ、別室に移動していく。
封じ手か。もう6時半過ぎたんだな……。
長いのか短いのか、時間感覚がおかしくなっててわからないけど。
封じ手というのは二日制の対局に用いられるルールだ。
一日目の6時半の時点で手番だった者が別室で次の手を紙に記して(現状の盤面を記録係が書いており、その紙に動かす駒を赤丸と矢印で示す)封をする。
封筒の糊付けした上下の部分には赤ペンで自分の名前を書き入れるほど厳重に。
それを二通用意した折笠名人は戻ってきて、封筒と赤ペンを直に渡す。
直は名人と同じように糊付け部分に『有坂』と記名して丸で囲った。
二通4ヶ所を封筒を手に持ったまま。
それを名人に返すと、名人は立会人に向き直り封筒を渡す。
一通は立会人が、もう一通はホテルの金庫で管理されるのだそう。
二日目の朝は、記録係の棋譜読み上げに合わせて前日の手を再現してから封じ手を開封し、その手から対局は始まる。
持ち時間の不公平をなくすための措置だ。
疲れ果てていた私は封じ手を見た後、病院の陣痛室に移動させてもらった。
陣痛の間隔はまだ10分だったけどもう無理。
私にとってはかなり痛いのだけど、それでも微弱陣痛に分類されるらしい。
助産師さんに、
「すごく痛いんですけど、陣痛の痛みってこれがMAXですか?」
って聞いたら、
「普通に会話できてるうちはまだまだですねー」
と笑顔で返された。
まだ赤ちゃんが生まれる気持ちになっていないとのこと。
「まだ」って何!?
こっちはすでに3人は産んだ気分だよ!
封じ手は「封じた方が有利」という人もいるし、「封じた方は書き間違えてないか、書いた手でよかったのか不安で眠れない」という人もいる。
直は「どっちでもいいけど、書くの面倒臭いから封じるのは好きじゃない」そうだ。
どっちであっても意識的に手のことは考えず寝ることにしているようだけど、戦闘状態にある脳を落ち着かせるのは結構大変なんじゃないかと思う。
だけど今は本当に意識が飛びそうなほど痛くて、直の心配をしている余裕もない!
こちらは文字通り二晩徹夜で、時々疲労や痛みで意識が飛ぶ。
おじちゃんからメッセージが届くと母が「まだわからない」と伝えてくれるけど、返事もできなくなっていた。