along


「息を止めないで! フーッ、フーッ、フーッ、フーッ」

助産師さんの声で息が止まっていたことに気づかされ、必死に真似して呼吸する。
朦朧としながら分娩室に移動して、かなりの時間が経った。
それでもうわ言のように「名人戦~」というと誰かが「おやつはショートケーキ」と答えてくれた。
名人戦ももう終盤のはず。
直は今、どんな世界を見ているんだろう。

本当はずっと不安だ。
人生を賭ける直の隣で私はやっぱり何もできない。
むしろ、足枷になっているんじゃないかとさえ思う。
直は私の身体を心配して労ってくれるけど、嬉しそうにはしていないから。
私もこの子も、直の将棋のためには重荷でしかないんじゃないかなって。

急にバタバタと動きがあって、分娩台の形が変えられていく。
こっちもいよいよ終盤戦。

▲6三歩成!

「ここに足を置いて、ここを握ってくださいねー。はい、いきますよー」

指示される言葉が朦朧とした頭に響く。
痛い痛い痛い痛い! とにかく痛い!

「いーーーーたーーーーいーーーーー!!」

早く出したいのにー!
楽になって、ちゃんと直の応援をしてあげたいのにー!

「名人戦ーーーーーーーーっ!!」

「『優勢』!!」

旦那さんしか分娩室には入れなくて、私の叫び声を聞いた母が隣の陣痛室から大声で教えてくれた。

優勢! 優勢!
優勢に持ち込んだなら、きっと直には名人への勝ち筋がもう見えてる。
ここで間違えるような人じゃない!
よーーーーーーーし!!!

▲7五桂打!

「順調ですよー。今頭が半分くらい出てますからねー」

え……今まだ半分なの?
もうーーー早く出てーーーー!
直は今どうしてるのかな。
少し伸び上がるように前に手を伸ばして、折笠さんの陣地に持ち駒の金を打ち込んでいるかもしれない。
それとも、折笠さんが寄せてきた馬を冷静に銀で取って駒台に並べているかもしれない。
私も頑張る!
……なんか、引っかかってる気がする。
これ破ければ出て来られるんじゃないかな。
やーーーぶーーーーけーーーーろーーーーっっっっ!!
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