along
この前一緒に食事していたとき、直に電話がかかってきたのだ。
「ごめん、ちょっと電話」
私が頷くのを確認して通話ボタンを押した途端、余程声が大きかったのか、電話から漏れ聞こえたのだ。
『━━━━━あ、もしもし有坂先生!』
「もしもし、すみません。何度かお電話いただいてましたよね?」
戻ってきた直が別の話題を持ち出したために忘れていたけれど、確かに『有坂先生』と呼ばれていた。
「学校の先生じゃないですよね。平日にお休みがあるんだから」
「うん。土日に仕事してることもあるみたい。あと出張も多い」
「出張ですか?」
「大阪が多くて、それ以外にもあちこち行くって言ってた」
最初はマメにお土産をくれたんだけど、あまりに多いから大阪や東京近郊はいらないと断った。
そもそも正社員でもない年下男子にあんまりお金を使わせるのも申し訳ないので、食事代も大雑把に折半して支払っている。
こんな小さな会社でも一応私は正社員で、倹しく生活するならば困らないくらいのお給料はいただいているのだから。
必要以上にハンバーグを噛みながら考え込んでいた頼子ちゃんは、神妙な顔つきでゴクンと飲み込んだ。
「………塾の講師じゃないですか?」
「塾?」
「学校と違って土日勤務もありそうだし、あちこちの支店回ることもあるだろうし。正社員契約じゃないなら尚更勤務形態は不規則だと思うんです」
「あー、本当だ。学校の先生っぽくはないけど、塾ならあり得る」
会話していればわかることだけど、頭はいい人のようだ。
だけどどことなく浮き世離れしている雰囲気があって、“先生”と言っても学校の先生とか弁護士とか医師なんてイメージじゃない。
だから塾の講師(しかも正社員以外)という答えは、思いつく範囲では一番しっくりする。
そっか、塾か。
「まあ、彼氏の仕事くらいサラッと聞いてみてくださいよ」
「そうだね。……頼子ちゃんのハンバーグおいしそう」
「別に普通です」
当たり前の疑問だったはずなのに、おにぎりを包んでいたラップを捨てる頃にはまたすっかり忘れていた。
おじちゃんは食品を刺す用の爪楊枝(社長が買ってきたコンビニ弁当の箸袋に入っていたものを勝手に押収)で歯間の清掃をしながら、
「うーん、すでに後手有利か? 市川は強いな」
なんてボソボソ言い、その隣で社長が、
「僕、囲碁は好きだけど将棋はさっぱり」
と退屈そうに卵焼きをかじっている。
私の結婚がダメになっても、彼氏が変わっても、何も変わらない平和な昼休みがのんびりと過ぎて行く。