along
さすがにもう一回やる気持ちにはなれず片付け始めると、種類ごとに集める私に対して直は全部の駒を将棋盤の上にゴチャッと固める。
「真織さん、将棋崩しは知ってる?」
「見たことはある。ジェンガみたいなやつでしょ?」
五セット分まとめた駒の山はなかなか壮観で、将棋崩しもやり甲斐がある。
点数とか難しいことは考えず、とにかく音をさせずに取ろうということになり、直は私に先手まで譲ってくれた。
それでも、悩んで悩んで端の方をこわごわ引っ張る私をあざ笑うかのように、直はあの美しい手つきでスイスイと抜いていく。
時には指一本で二~三枚まとめてすーっと取る。
それはずっと見ていたくなるような気持ち良さがあった。
「なんでそんなに上手なの?」
「『なんで』って言われても」
「直の指って吸盤みたいになってない?」
「普通だよ。ちょっとベタついてるかな」
右手の指先をじっくり触らせてもらうが、全然ベタついていない。
乾き過ぎてもいない。
あったかくて、やわらかくて。
こんな風に触らせてくれるのに、私からは遠い手。
「手、きれいだね」
掴む力をゆるめて顔を見上げると、パッと手を引っ込められた。
「モデルになれそう?」
「それは無理かな」
モデルみたいな“見せ物”の手じゃない。
なんというか“実用的”な手だ。
ベタつきだけじゃなく、大きさも厚みも、全てこれが正解だっていうようなちょうどいい手。
「不正がないことはわかった。直の番だよ」
直はやっぱりほとんど迷わずスイと取った。
手の問題じゃない。
駒が直を選んでいるのだ。
当然だけど、私が負けた。
駒が私の手を嫌って逃げまくったせいだ。
将棋はルールさえ曖昧だけど、これですら負けるなんて余程相性が悪いに違いない。
終わった時には同じ姿勢を続けていたせいでぐったりしていた。
「はあああ、疲れたー。背中痛い。直は平気なの?」
「いや、多少は肩凝ったけど、同じ姿勢を続けるのには慣れてるんだ」
言葉通り、痛がる様子もなくサッと立ち上がる。
「もうお昼過ぎてる。お腹すかない?」
かれこれ一時間以上も将棋に没頭していた。
それを意識したら急にお腹がすいてきた。
直は黒いエプロンをつけてキッチンに入る。
冷蔵庫から取り出した発泡スチロールの箱には、私なんぞはテレビでしかお目にかかったことないレベルのカニが、ドーン、ドーンと二匹(カニって二ハイって数えるんだっけ?)鎮座していた。
「わあああ! すごい! こんな立派なカニ、友達の結婚式で食べたくらいだよ。しかもそのときは脚一本だけ。これ食べていいの? 嬉しい!」
「結婚式で食べたならタラバじゃないかな? 地元の人に聞いたら本当においしいのは毛ガニだって言うんだ」