along
直は携帯で食べ方を確認しながら寸胴鍋を出した。
「『カニ味噌がこぼれないように、甲羅を下にして茹でます』だって。大きな鍋ってこれしかないからいいかな?」
「いいよ、何でも。火が通れば食べられるでしょ」
一人暮らしで炊き出しするような鍋持ってる人なんて、滅多にいないと思う。
殻のまま一度軽く洗って、大量の塩とともに茹でると強烈な磯の香りが部屋中に充満し始めた。
「高価なはずなのに悩ましい匂いだね。直は匂いついても平気?」
「嬉しくはないけど、まあ気にならないよ」
とは言え、赤くなったカニにはテンションが上がる。
迫力と存在感はさすがだ。
「そう言えばこのカニどうしたの? 地元の人って?」
「一昨日まで北海道に行ってて、せっかくだからお土産に買ってきた。あとはイカ飯とラーメンと豚丼とスープカレー。デザートにお菓子も買ってきたよ」
カウンターに並んでいく北海道物産展のごときレトルトパックと箱。
「買い過ぎ……」
「真織さんは何が好きなのかわからなかったから。それにレトルトは日持ちするから大丈夫。あ、お菓子は余ったら職場にでも持って行って」
「ありがとう」
私のためにあれもこれもって選んでいる直の姿を想像したら、なぜだか胸がいっぱいになった。
せっかくのカニも喉を通らないかもしれない。
手伝いを申し出てみたところでご飯は炊けていると言うし、あとはレトルトパックをあたためるだけだった。
お湯が沸くのを待ちがなら、カニと格闘する直を見ると、食べやすいように外した脚や爪の殻の一部を切り取ってくれているようだった。
男性のエプロン姿というのもなかなかいいもので、腕まくりによって見えている肘から手までのラインに胸が高鳴る。
おじちゃんもよく腕まくりしてるけど、チラリともときめいたことなんてないのに。
私のいかがわしい視線に気づくことなく、直は甲羅の三角部分を切り取った後にパカッと開いた。
「おお~! すごいカニ味噌!」
直の反応からして、これはおいしいものなのだろう。
だけど私から見たら、ただのグロテスクなどろどろだ。
「私、カニ味噌食べたことない。パスタソースに含まれてるやつくらいしか」
「もったいない! 毛ガニはカニ味噌がおいしいんだよ。ホラ」
直はティースプーンに茶色いそれをすくって、何のてらいもなく差し出す。
見た目で抵抗があったのに、直の手からだとすんなり食べられた。
ティースプーン越しに私の震えと熱が伝わりそう。
「……あれ、おいしい」
「そうでしょ? パンとか野菜をつけてもおいしいよ」
私の中にドキドキを残してあっさりカニの解体に戻る直は、全然気にしていないみたいに見えた。