along

カニを食べる時は無言になるというけれど、直が一本一本割ってくれたから、会話も滞りなく流れていく。

「セレブに生まれなくてよかった~! カマボコくらいしかカニとの接触がないと、こんなにも感動できるんだもん!」

「結婚式で食べたんじゃなかった?」

「たった一本だよ? あんなのただの飾りでしょ?」

「カニも喉を通らないよ……」と乙女なことを考えていたのは誰だったのか。
着込んだ乙女をバサリと脱ぎ捨てて、豚丼にイカ飯にスープカレーにと手を伸ばす。
おいしい物の前では、食べ合わせなんて些細な問題だ。

「会社の方はどう?」

犬騒動であの日は仕事が進まず、二日続けて残業した疲労が、イカ飯のおいしさを一瞬忘れさせた。

あの後、カオスと化した事務所の中で、ブラジルが映画のワンシーンのように優しく犬を抱き上げた。
唯一英語が離せる社長に何やら話し掛けていたのだけど、社長の顔がみるみる晴れて行く。

「おお~、ありがたい! ブラジルが飼ってくれるって!」

早々に飼い主が見つかって喜びたいところだけど、雇用契約書を作った私はすかさず指摘した。

「ブラジルってマンション住まいだよね? ペット可なの?」

社長が通訳してくれるけど、言葉の問題じゃなくて話が噛み合っていかない。

「お前じゃ話にならん! 奥さんに電話しなさい! ワイフ! テレフォン!」

デキる頼子ちゃんはササッと社員名簿をめくって奥さんの連絡先に電話した。

「━━━━━はい━━━━━はい。あ、そうなんですね! いいんですか? ━━━━━はい! よろしくお願いします! お仕事中すみませんでした。失礼しまーす」

何度も電話越しに頭を下げつつ通話を切って、ニッコリ笑う。

「ペット可のマンションだから、ちょうど犬を飼おうと話してたらしいんです。本当はちゃんとペットショップで買おうと思ってたけど、そういう理由なら雑種でも構わないって」

「奥さん、素敵! 器がデカい! ブラジルを養うだけあるね~」

犬も自身の状況が理解できるのか、先程までの暴れようから一転、大人しく応接セットの扇風機の横で昼寝を始めたのだった。


「あはははははは! 拾われた者同士、身を寄せ合って生きていってくれるといいね」

楽しそうな直の姿に、私の苦労もちょっとだけ報われた気がした。


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