along


一時間の作業は思った以上に私を疲れさせていたようで、パチンという澄んだ音で目覚めて初めて、眠っていたことに気付いた。
食後にコーヒーを飲みながらテレビを観ていて、そのままソファーで寝てしまったらしい。
直のものと思われるタオルケットが、私をまるごと包み込むようにふわりと掛けられていた。

薄暗い部屋を見回して、テレビの下にあるレコーダーの時刻表示を確認すると十五時四十三分。
起きあがろうとした私の耳に、再びパチンという音が聞こえてきた。
少ししてまた、パチン。
パチン……パチン……。
顔と目だけ動かして音のする方を見ると、直が将棋盤の前に座っていた。
流れるような動作で駒を掴み、パチンと置く。
また別の駒を掴んで、パチンと置く。
それを何度も何度も繰り返している。

少し前の私だったら、ひとりで将棋指すなんて暗いな、なんて思っただろう。
だけど暮れかけた光の中で、無駄も迷いもない動作で駒を動かし続ける直の姿は、神々しくさえ見えた。
はっきりとは見えないながら、その表情は穏やかで、見ている私の心もとても幸せな気持ちになる。
その姿をもっと見ていたくて、目だけ出るようにタオルケットを引っ張りあげ、もうしばらく寝たフリを続けることにした。

パチン……パチン……。

その音で目覚めたはずなのに、眠りに誘われそうなほど癒される。
口元まで覆うタオルケットからは男の人の匂いがして、思わず深く息を吸い込んだ。

駒音に導かれるように一緒に過ごした時間を遡って行くと、出会いは武との別れがきっかけだったと思い出した。
あんなに悲しかったのに、直のことも最初は面倒臭かったのに、武のことはほとんど思い出さなくなっていた。
九年も付き合った人と別れたにしては薄情なほど。
静かにあっさりと、季節が移り変わるように、直は私の生活を塗り変えた。
もう元に戻りたいなんて思わない。
そっか、私は直のことが好きなのか。

妙な出会いだったにも関わらず、ずっと穏やかな時間をくれて、いつの間にかそれが当たり前になって。
こんな時間がいつまでも続けばいい、と思う。
同時にこんな時間がいつまで続くのだろう、とも思う。
私たちの関係って、一体何なのだろう。


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