along


待ち合わせのカフェにもつい早く着いてしまったのに、やはり直は早く来ていて、紙を見ながら深く考え込んでいた。
半分残っているコーヒーは、すっかり冷たくなっているに違いない。

「お待たせしました」

声を掛けると直はすぐに顔を上げ、ちょっと驚いてからしっとりと目の色を深くした。
その目はやっぱり居心地が悪くて、痛いほどの胸の内まで見透かされそう。

直はこれも毎回のように、コートのポケットに紙を突っ込んだ。

「じゃあ、早速行こうか」

葉を落とした街路樹にもショーウィンドウにも、こまやかなイルミネーションがめぐらされ、街中の光量が多い。
そして、それぞれに精一杯のおしゃれをした恋人たちは、その光量を上回る輝きを放っていた。
そんな中を、ごく普通の平日と変わらない態度で、直は淡々と目的地へ向かっている。

「鰻屋さんなんだよね?」

「うん。だけど懐石料理っていうか、鰻以外も出してもらえるよ。今日は俺がご馳走するから」

「懐石料理!? 無理無理! そんな高級品ご馳走になんてなれないよ!」

「たまにいいじゃない。俺が食べたいんだし」

「だったらせめて割り勘にしよう! そうじゃないと申し訳なくて味わえない」

古びてもそれが味わいとなっている上品な引き戸の前で、直は珍しく不機嫌な顔をした。

「真織さんが立派に働いていることは認める。だけど、俺だってそれなりにプライド持って仕事してるし、食事一回くらいで破産したりしないよ」

私は単純に悪いなって思っただけなんだけど、それが直の仕事振りを否定することになるなんて思わなかった。

「……ごめんなさい」

「謝らなくていいから、楽しくおいしく食べよう」

腹をくくった私は直に続いて引き戸をくぐった。
着物姿の店員さんに案内されたのは、畳の上にイスとテーブルが用意された不思議な個室。

「こんなお部屋初めて」

「俺も。珍しいね」

二階なので夜景というほどではないけれど、普段の数倍キラキラが増した街並みは十分に見ごたえがあった。

「きれい……」

節電が叫ばれる昨今で、これが無駄な電気だってことはわかってる。
わかってるけど、きれいなものはきれいなのだ。

「もしかして、これを見せようとしてくれたの?」

「え? ああ、うん。そう」

強く頷く直の様子はとても素直だった。

「なんだ。偶然か」

「……うん。ごめん」

「偶然でも見られてよかった。ありがとう」

直はホッとした顔でイスに座った。

「お腹すいたね」
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