along
何やらパソコンで検索していたおじちゃんが「あー、なるほどな」とつぶやく。

「有坂はその勢いのまま四段に昇段してプロ入り。順調に昇段して『いずれ名人になる』なんて言われてるのに、数回タイトル挑戦はしてても獲得したことはないんだよ。一般棋戦での優勝もないみたいだし。そろそろ優勝しておかないと」

「なんで?」

「実力あっても『ここ一番に弱い』ってレッテル貼られるだろ? 実力が拮抗した世界だとそういう評価が対局にも影響するんだ。逆に強いと思われていれば、何気ない手でも相手が勝手に警戒して、時には自滅してくれるから」

「ふーん」

もう「ふーん」以外に答えようがない。
一緒に聞いている頼子ちゃんも、ポカンと開いたままの口にぼんやり大根の肉巻きを詰め込んでいる。
ブラジルはニコニコとインスタントコーヒーを飲んでいるけど、いまだ日本語に不自由している彼にとっては、いつもの会話と変わらないのかもしれない。

「あれ? さっき『彼氏の家でドミノやった』って言ってなかった」

おじちゃんはパソコンに向けていた身体をイスごとクルリと回転させて私を睨んだ。

「うん。駒五セット分で。間にギミックも入れて結構頑張ったんだよ」

手柄を誇る気持ちで嬉々として説明したのに、おじちゃんはどんどん色を失っていく。

「恐ろしい……信じられない……」

「高い駒だから? でもプラスチックの駒もあったよ」

「全部プラスチックじゃないだろ? 俺みたいに黄楊の駒もあったよな?」

「黄楊かどうかなんて私にはわからないけど、一番高そうなのは、もっとこう文字がポコポコ浮き上がってるやつで何か作者の名前が……」

「ばかやろう!」

パコン! とおじちゃんは手近にあった将棋雑誌を丸めて思い切り私の頭を叩いた。

「いいいったーーーーい! 何よ、そんなに高いの?」

「盛上げ駒なんて俺のよりさらに高級品だ! 文字の上を一筆一筆何度も漆を塗って浮き上がらせていく手間暇かかった駒なんだよ! それをドミノに使うなんてバチ当たりな!」

「知らなかったんだもん! それに直だって私以上に熱中してたよ。『ギミック入れよう』って積極的に作ってたのは直の方なんだから」

窒素の抜けた風船が天井から落ちるように、おじちゃんはしなしなとイスに戻る。

「有坂先生って、なんか掴みどころないよな」

そう言えば『先生』って呼ばれてたっけ。
塾の講師じゃないかって勝手に誤解してた。
正社員じゃなくて、でもちゃんと働いて収入があって、不規則で出張が多い。

━━━━━直は“将棋のプロ棋士”だったんだ。



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