along
まさかそんなに少ないなんて思わなかった。
プロ棋士を目指す人数自体、野球少年より少ないとしても、かなりハードなはずだ。

「そもそも奨励会に入るのだって、かなり難しいんだ。全国から“天才”や“神童”ばかりが集まって受験するんだから。入会して七割勝てれば昇級昇段。また上のクラスでもっと強い奴を相手にして、そこでも七割勝たなければならない。毎日の寝る間も惜しんで研究に充てて、練習対局を続けても簡単なことじゃないよ」

常識的なおとぎ話も知らないほど、『興味が他に向かって』た直は、やはり将棋しか見てこなかったのだろう。
修学旅行を含めて、学校のイベントに参加できないのは、奨励会員ではよくあることなのだそう。

「しかも年齢制限があって、二十一歳で初段、二十六歳で四段に上がれなければ強制的に退会させられる(別規定あり)。つまり、幼い頃から将棋だけに人生を捧げて、他の何もかも捨てて打ち込んでも、四段に上がれなければ二十六歳でゼロ、いやまともな社会生活していないからマイナス状態で世間に放り出されるんだ」

直の経歴を見ると小学生で入会していた。
その年からずっと奨励会にいて、二十六歳で無に帰したら……。

アッサムティーを飲みながら興味なさそうに聞き流していた頼子ちゃんも、眉間に皺を寄せた。

「退会を余儀なくされた人の中には、それでも別の形で将棋に関わる人もいれば、完全に縁を切る人もいる。別の人生を歩める人はいいけど、絵に描いたような転落人生を歩む人だっているんだ。プレッシャーや焦りで吐いたり血尿出したりしながら地獄の三段リーグを戦っても、四段に上がれなければただのアマチュア。それを見ると、中途半端に才能なんてなくて俺は幸せだって思っちゃうね」

ブラジルがインスタントコーヒーを淹れて社長にも渡し、社長は笑顔でひと口飲んで、熱さで舌をヤケドしたらしい。
頼子ちゃんがため息をつきながら、冷蔵庫から麦茶を出した。
のどかで平和な日常の光景がここにある。
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