along

「直も、その三段リーグにいたんだよね?」

うちの会社の話が大好きで、こののんきさを愛する直から、戦場に立つイメージは浮かばない。

「当然! そこを抜けなければプロにはなれないんだから。有坂先生は年齢制限なんて気にせずにプロ入りできたと思うけど、絶望して奨励会を去っていく人間を幼い頃から見てきたはずだよ。そういう死屍累々の上で将棋指してることは十分知ってる」

「よほど将棋が好きなんだね」

「どうかな? 奨励会に入ると『好き』なんて感情はなくなるらしいぞ」

「でも『将棋、好きだし強い』って言ってた」

「へえ~! そんなこと言ったんだ。そんな余裕ある世界じゃないと思ってたから意外だな」

「そうなの?」

おじちゃんは頼子ちゃんの机の上から、勝手にりんご型のメモを一枚取って、そこにボールペンでピラミッド型を書き付ける。

「プロに入ったら入ったで生涯ずーっと戦いだから。プロ棋士は名人を除いて全棋士がA級、B級1組、2組、C級1組、2組(その下にフリークラスもある)ってクラスでそれぞれ一年間リーグ戦をするんだ。それで上位者が昇級して下位者が降級する。A級棋士はその中でもたった十名しかいない。そしてその頂点に君臨するのが名人だ」

クセの強い字でピラミッドの先に『名人』と書き、ぐるぐるっと丸で囲った。
下々の人間である私は、そのメモを見ながらピラミッドの上をイメージしたけれど、霞がかって頂点なんて見えない。

「名人って、すごいんだね」

「A級の中で成績トップだった棋士が名人への挑戦権を得る。それで七番勝負で先に四勝した方が一年間名人を名乗るんだから、正真正銘に強い棋士だよ」

確か直はB級1組だったな、という私の思考を読んだおじちゃんは、何やらサイトで確認している。

「有坂先生は……B1で、今年は今のところ10戦して8勝2敗。A級への昇級争いに絡んでる」

彼氏の仕事が順調なのだから喜ぶべきところなのに、私の気持ちは沈んでいった。
おじちゃんを通して語られる世界は、同じ日本で起こっていることとは思えず、そこに身を置いている『有坂行直』という人が私の知っている直と同一人物という実感が持てない。
それ以上に、私の知っている直がどこかにいなくなってしまう気さえしている。

直に会いたい。
会えたらいつもみたいにどうでもいい話をして笑って、このモヤモヤも消える気がするのに。

『有坂先生、銀打ちでした』

『あははは。予想、外しちゃいましたね。歩成りの方が自然だと思ったんですけど……。銀打ちは指しにくいのになあ』

『有坂先生なら歩成りを選びましたか?』

『そうですね。銀打ちなんて指せないです。怖いもん』

『うふふふふ』

画面の中にいる直とは、言葉さえ通じない気がした。


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