along
“出張”から帰ってきた直は改札を抜けて、風の冷たさに首をすくめた。
「真織さん、餃子食べに行かない?」
まるですれ違っていた時間なんてなかったみたいに笑顔でそう言う。
実際、直にとってみればすれ違いなんてないのだろう。
私が勝手に距離に気づいてしまっただけだ。
「私は麻婆豆腐が食べたい」
「わかった。じゃあこの近くの中華に行こうか」
アスファルトを走ってくる風は強く冷たく、中華料理店までの徒歩五分さえ長く感じた。
暖房の効いた店内に入ってもなかなか身体はあたたまらず、巻いてきたショールを膝にかける。
メニューを開いてまもなく、直は回鍋肉定食と餃子を、私は麻婆豆腐がのったラーメンを注文した。
「最近、会社で何かあった?」
おしぼりで指先まで丁寧に拭く直の口元は、すでに綻んでいる。
「ブラジルが突然うどん職人になりたいって言い出して━━━━━」
「あはははははは! もう面白い! なんでそう話題が尽きないの?」
仕事を辞めて四国に移住するというブラジルを、社長とブラジルの奥さんで必死に説得するという珍事があった。
私はとりあえず三人にインスタントコーヒーを淹れてあげて、自分のカフェオレを手にじっくりと修羅場見学の姿勢を取っていたのだけど、ちょっと思いついたことがあった。
「讃岐うどん作れれば、何でもいいんだよね?」
私が見つけたのはコンビニ弁当を作る工場で、その一環でコンビニで販売される讃岐うどんも作っているところだった。
頼子ちゃんが雇用条件や外国人の受け入れについて先方に確認したところ、採用してもらえるとのこと。
ブラジルはアルバイトを掛け持ちすることに決め、社長も分厚い胸を撫で下ろした。
「……というわけで、ブラジルは週一回、会社が休みの土曜日にその工場にも勤務することになったの。先週嬉々として行ってきたらしいよ」
「頼子ちゃんって、仕事以外でも気が利くんだね」
「本当に助かってる。彼女がいる限りうちの会社は安泰!」
「んー、おいしい」と麻婆豆腐を頬張りながら、また将棋の話をしていないことに気づいた。
今思い出しても口の中は熱々の豆腐でいっぱいで、飲み込んだときには直が別の話をしていたから、すっかりいつものペースに流されていた。