along
13:24
『最初に会った駅のカフェにいます。会ってもらえませんか?』
14:56
『やっぱり無理しなくていいです! でも話したいことがあるので、電話しても構いませんか?』
17:09
『やっぱり電話も無理しなくていいです! 急ぎじゃないし、都合のいい時で大丈夫です』
明日の対局は東京の将棋会館で行われるから、直は自宅にいると思う。
そう思って会社を早退した勢いで呼び出したけれど、明日の準備やら、精神統一やら、祈祷やら、お百度参りやらあるかもしれないと思い直して、電話に変えた。
それすら負担になる危険性に気づいて、もう一度訂正のメッセージを送り、何杯目かのコーヒーにミルクを落とす。
くるくると描かれる渦が壊れないように、そっと持ち上げて、そのままひと口。
混ざり切っていないこの状態が一番好き。一杯のコーヒーでたったひと口の贅沢だ。
これを飲み終わっても直から連絡が来なければ出直そう。
こんなときの気遣い方さえわからなくて、やっぱり戸惑いはある。
でも諦めない。
まだ私は自分の気持ちを一度も伝えていないのだから、日を改めてもそれだけはちゃんと言いたい。
窓の外は帰宅を急ぐ人で溢れている。
午後早退して、そのままこのコーヒーショップに入って数時間。
三人いる店員さんも、二人交代した。
定期的に注文をしていても迷惑な客に違いない。
あれから半年近く経ったけれど、このカフェに入るのは、あの日以来初めて。
半年前の私は絶望すら実感できないほどに混乱していて、思い返してみてもおかしな決断をしたものだと思う。
それが今では、運命なんてものがあるのなら、直と出会うために私は武と別れたんじゃないかって思うほど、すべての偶然を受け入れている。
あの時、駅という人通りの多い場所で泣き出した私に、直が理由を問うことはついになかった。
私が恋人と別れたことも、直との付き合いを承諾した意味も、彼は今も知らないはずだ。
それでもただ側にいてくれた。
私にどんな裏があろうと、過去があろうと。
だから私も、ただ側にいたいと思う。
直の見ている世界は難しくて、同じものは見えないし、同じ空気を感じることもできないけれど。