along
「あははは、そうだね。何でも試着や試乗するもんね」
「そうでしょ? だからちょっと忙しくなると思う。マオと会う時間は作れないかもしれない。でも連絡はしてくれていいから」
「━━━━━は?」
ストローでアイスコーヒーをかき混ぜる武に、冗談を言っている気配はなかった。
冗談でないということは、本気だということだ。
本気だということは……どういうことなんだ?
「つまり……他の人と付き合いたいから私とは別れるってこと?」
自分の理解できる内容に変換してみたのだけれど、武ははっきりと首を横に振った。
「マオとは別れないよ。だけど他の人とも付き合ってみたいんだ」
「その“他の人”を私より好きになったら?」
「大丈夫、大丈夫。ほんのお試しだから」
「私はどうしたらいいの?」
「時間があれば会ってもいいけど、難しいかも。だからその間、マオも他の人と付き合ってみればいいと思うんだ。だって俺がいないと暇でしょう?」
なんだか震えを感じて二の腕を抱えると、汗でベタついた肌が冷房で冷えきっていた。
「そんなの嫌なんだけど」
「どうして?」
「『どうして』って、当たり前じゃない! どこに彼氏が浮気するのを暢気に見送る女がいるのよ!」
「浮気じゃないよ、お試しだって。ちゃんとマオと結婚するんだからいいじゃない。結婚後だといろいろ問題あるから、今のうちだけ」
武は私の反応よりもアイスコーヒーの味の方が気になるようで、少し首をかしげるともうひとつミルクを足した。
「最終的に戻ってくればいいってものじゃないの! 一時的なものだとしても嫌なの!」
大声は出せないので、テーブルに身を乗り上げて、口調だけは強く言った。
「そう? 俺は最終的に戻って来てくれれば構わないけど?」
芸能人の離婚なんかでたまに聞く“価値観の不一致”。
判で押したような答えはモヤモヤと掴みどころがなく、どうせどっちかが浮気したのを体よく言い換えたんでしょ? と思っていた。
彼らの真実はともかく、直面してみると価値観の不一致とはこんなにも深い断絶だったのだ。
「武がどうしてもそうしたいって言うなら…………別れる」
今までどんなに激しい喧嘩をしても、別れは一度も口にしたことがなかった。
私はどちらかというと怒りが持続しないタイプで、十五分もすれば気持ちが落ち着いてしまうからだ。
駆け引きにも使ったことがない。
だけど初めて口にした。
そしてそれは半ば駆け引きのつもりだった。
私の気持ちが少しでも伝われば、考えを改めてくれると思った。
九年間、いや友人時代を含めて十年間、武はそういう人だと思っていたから。