along
蹴飛ばすように靴を脱いだ直は、私を置いてリビングに走る。
「ごめん。明日の準備してて、真織からの連絡に気づくのも遅れちゃってさ。慌てて出たから片付けてる暇なかったんだ」
靴を揃えて後を追った私は、その惨状に笑みをもらした。
直が座っていたと思われる場所を中心に、パソコンとタブレット、ティッシュ箱、マグカップやペットボトルが円を描いている。
カップラーメンの空やお菓子の空き箱などのゴミも散乱していて、ついさっきまでそこに座る直が、うんうん悩んでいる姿が目に浮かぶ。
私も一緒になってゴミを捨て、洗い物をシンクに運びながら、直の本当の日常を垣間見たような気がしていた。
「ごめん。結局邪魔しちゃったね」
「いや、前日に勉強はしないようにしてるんだけど、ちょっと気になったことがあって。終わらせないと終わらないものだから、いいんだ」
直は拾い上げたクッションを抱き締めて、深く息を吐く。
「真織が帰ってきてくれて、そっちの方が助かる」
私を見つめる目の中で、蛍光灯の明かりが揺れている。
その目と、腕に抱かれるクッションから視線を逸らすと、並べられたままの駒が見えた。
「そういえば、直の使ってるこの駒っていくらくらいなの?」
話題を変えるのに必死な私の口からは、最も下世話な質問が飛び出した。
「駒の値段?」
「うん。高い駒をドミノに使うなっておじちゃんに怒られた」
「『将棋倒し』って言葉があるんだから、別に構わないと思うけど」
無造作にソファーに戻されたクッションに安心して、将棋盤の前に座る。
「おじちゃんの宝物でも直のよりは安いんだって」
「うーん、子どものときから使ってたやつは安いけど、一番高いのはまあまあかな。こだわって集めてる人の物に比べれば全然だよ。俺は売店の店長に売り付けられただけだから」
将棋会館には書籍を始め様々なグッズを販売している店があって、当然盤駒も扱っている。
そこの店長が商魂逞しい人で『上達したければ高い駒を買うのが一番』とか『将棋で受けた恩(お金)は将棋(会館)に返すべき』とか、人によって戦法を変えつつ売るのだそうだ。
「で、いくらなの?」
「答えると嫌味になりそうだから言わない」
嫌味になるほどの値段……。
顔はひきつりつつ、興味はいや増す。