along

「さすがに省略し過ぎじゃない? 今の今まで知らなかったんだけど!」

職場であることも忘れて詰め寄る私に、直の方は相変わらずのほほんと返事する。

「言っても知らないかと思って。言った方がよかった?」

「言ってよ。『おめでとう』くらい言わせて」

たくさんのことを理解できなくても、わかりたいという気持ちはある。
机の上に置いた手は、自然と拳を作っていた。

「ごめん。これからはちゃんと言う。真織に誰より最初に報告するから」

目からこぼれなかった涙を感じ取ったやさしい声。
それがわかったから、私も一度深呼吸してから笑顔を向けた。

「A級昇級と、それから八段昇段おめでとう」

昇段規定にはいろいろあるけど、A級になると八段に昇段する。
それくらいの知識は入れておいた。
いつまでも蚊帳の外に置かれたくない、という気持ちを込めて。
直はちゃんとそのことに気づいてくれて、嬉しそうに瞳を揺らして、ありがとう、と笑った。

「おじちゃんは振り飛車党ですか?」

昼休みは終わったというのに、将棋教室は終わらない。
一応たしなめた頼子ちゃんもすでに諦めて、押収したブルーマウンテンブレンドを全員に配る。

「そうそう。特に中飛車が好きなんだけど、四間飛車も指すよ。有坂先生は最近飛車振らないよね?」

『振り飛車』というのは戦法のことで、飛車を左側に動かして戦うこと。
飛車を概ね最初の位置のまま戦う戦法は『居飛車』と呼ばれる。
どちらかの戦法が得意で『居飛車党』『振り飛車党』と分けて呼ばれることもあるのだが、直はどちらも苦手としないオールラウンダーなのだとか。

「最近は居飛車が多いですね。先攻しやすいので」

あの朝、「よーーーーし! 今日は飛車振るのやめた!」と言っていたのを思い出して聞いてみる。
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