along
「戦法ってどうやって決めるの?」
「相手によって柔軟に変える人もいるし、常に自分の得意戦法をぶつける人もいる。この前は対局の後真織と会う約束してたから、早く終わらせたくて急戦を選んだ」
私の指の間をやわらかく撫でる手を思い出して、真っ昼間の職場には似つかわしくない気持ちになった。
振り払うために、つい口調がキツくなる。
「軽いよ! おじちゃんには『人生懸けてるんだから脚を引っ張るな』って釘刺されたのに」
「大袈裟だなあ。そんなこと言ったらしょっちゅう人生懸けてるから、いちいち気にしていられない」
直は本当に迷ったとき、こっそり扇子を倒して決めたことすらあると白状した。
「私なんて、人生かけた経験数えるほどしかないのに」
「そう? じゃあ懸けてみる?」
「何に?」
「俺に」
「……何かメリットは?」
「真織をタイトルの就位式に招待するよ」
就位式って言うのはタイトルを獲得した人に、就位状とか賞金とかを贈る表彰式のこと。
私を招待する、なんて言うのだから当然他人の就位式じゃないわけで。
「取れるの?」
「取るよ」
ジョークでもはったりでもなく、真顔で直は答えた。
「有坂先生だと、言い切っても笑う人いないよな。早く“無冠の帝王”返上してよ」
「……はい。挑戦失敗の記録塗り替える前には、なんとか……」
がっくりうなだれた直の元に、ブラジルがニコニコしながら近づいてきた。
その手に持ってるのはマグネット式の将棋盤だ。
「ブラジルって将棋指せるの?」
盤を指さして尋ねるとちゃんと伝わったようで、ニコニコ頷いている。
社長が英語で何か尋ね、ブラジルも身振り手振りを交えながらいつもより饒舌に答えている。
「お祖父ちゃんから将棋教わって指してたんだって」
直も納得して強くうなずく。
「そういえば、ブラジルは日系移民が多かったから、昔は結構盛んだったんだよ」
「私よりブラジルが将棋得意なんて違和感……」
楽しそうに駒を並べている直とブラジルの間に、社長が割り込んできた。
「僕、囲碁だったら得意なんだけど有坂さんできる?」
仲間外れが寂しかったらしい。いつの間にか囲碁のセットを持ち込んでいた。
「囲碁はルール知っている程度ですね」
「ちょうどいい! やろうやろう!」
「有坂先生、俺も!」
社長のイスを軽く蹴って、おじちゃんも場所を確保した。