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頼子ちゃんの忠告通りタクシーで帰宅して、買い置きのレトルトカレーを無理矢理口に運びながらブログを確認すると、前夜祭の様子がアップされていた。
私がこんな寂しい食事(レトルトカレーはおいしいけど)をしているというのに、直はきっと山盛りの海の幸・肉の幸・甘い幸を堪能しているに違いない。
ブログで紹介されていたのは、ローストビーフやエビチリ、カラッと揚がったたくさんの串揚げ。
フルーツなんて、三段重ねのプレートに種類も量もたっぷり盛り付けられていて、彩り豊かで輝いて見える。
市長や将棋連盟会長、そして主催者とあいさつが続き、地元の子どもからの花束贈呈と記念撮影。
そして対局者のあいさつとなる。
日比野棋聖はタイトル戦で何度かこの旅館を訪れているようで、内容もその思い出について面白おかしく語っていた。
さて、
『皆さまこんばんは。棋士の有坂行直です。本日はたくさんの方にお越しいただきまして、誠にありがとうございます。この地を地元とする村西先生とは残念ながらご存命中に教えていただくことは叶いませんでしたが、遺された棋譜を通しまして、たくさん勉強させていただきました。またここはタイトル戦で数多くの名局が生まれた場所としても有名で、同じ場所に立てることを嬉しく思っております。明日は悔いの残らないよう精一杯指すと同時に、ファンのみなさまに楽しんでいただけるようないい将棋をお見せしたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します』
写真の直は、あのベッドでダラダラしている人と同一人物とは思えないくらい堂々としている。
タイトル挑戦も今回で四度目。
この前夜祭にはもう十回以上出ているのだから、慣れもするのだろう。
『食べすぎちゃった。眠いー』
携帯画面に飛び込んできたメッセージは、きりっとしたブログの写真とは違って気の抜けたものだった。
ブログを確認すると、前夜祭は続いているものの対局者ふたりは退出したらしい。
『おいしいものいっぱい食べたんでしょ? いいなー! 私なんてレトルトカレーだよ』
しばらく待ってみたけれど、返事は返って来なかった。
対局前日は眠れない棋士も多いと聞くから、そのまま眠ってしまったなら、その方がいい。