along


店内の冷房がキツいと知っていた私は、今度はホットのブレンドコーヒーを頼んでいた。

「今はみんな結婚遅くても普通だけどね、やっぱり早い方がいいわよ! 出産年齢が上がるとうちの娘みたいにいろいろと大変なんだから。兄弟だっていた方がいいし、そう考えたらもう決して早くはないと思う」

つい一時間前までなら素直に聞けた言葉が、今は猛烈に痛い。
私だって結婚したいと思ってた。
いや、したいと思う以前にするものだった。
子どもが欲しいかどうかはわからないけど、そこに至る道は確かに見えていたのだ。
反論したくても、今はまだ事の経緯を他人に話せるほど整理がついていない。
余計なお世話です! と怒鳴る元気もない。
従って、はあという吐息程度に曖昧な返事をする以外になかった。

「だったら俺と付き合ってください」

それまで、もしかしたら私にしか見えていないのかな? と疑いたくなるほど気配を消していた彼が、突然自己主張を始めた。

「は?」

「付き合ってる人が誰もいないなら、俺と付き合ってください」

この店は、一緒に来店した男性から理解不能なことを言われるっていうサービスでも提供しているのだろうか。
一目惚れされたのだと思い込めるほど、立派な容姿じゃないことは自覚しているので、持てる知識を総動員して、現状を説明できる理屈を探した。

「もしかして、お見合いを断るために偽の恋人が必要になった?」

「お見合いの話なんてないし、偽物じゃない恋人になって欲しいんです」

「実は外国人労働者で日本に滞在するビザが必要とか?」

「生粋の日本人で日本の国籍を持っています」

「今朝の占いで『今日運命の出会いがあるかも』なんて言われた?」

「今朝の占い……見てないな。だけど運命だとは思います」

「正直に言って。何が目的? 言っておくけど、お金ならないよ」

「お金にも困ってません。単純にあなたと恋人になりたいだけです」

「はあ? 本気?」

「本気です」

本気だそうです。
どういうわけか、彼は私と付き合いたいらしい。
『マオも他の人と付き合ってみればいいと思うんだ。だって俺がいないと暇でしょう?』

「ちゃんと仕事はしてる?」

「はい」

「あ、スーツだもんね。土曜日だけど、もしかして仕事中だった?」

「いえ、今日は終わりました。……予定より早かったけど」

「それって正社員なの?」

「正社員、ではないです」

「非正規雇用でも構わないけど、ちゃんと真面目に働いて生活できるだけの収入はある?」

「それは、はい大丈夫です」

「借金は?」

「ありません」

「ギャンブルは?」

「誘われればたまに。でもほとんどしません」

「お酒は? 酒乱じゃない?」

「飲みますけど、酒乱ではないです」

「他に付き合ってる人いない?」

「いません」

「わかった。付き合う」
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