along
フルーツを食べ終えた直は正座に座り直し、おしぼりで指の一本一本を入念に拭いてから手を伸ばした。
パチン
その手を見ていて、左肩が熱くなったような気がする。
あの手は駒を持つ手。
そして、私にやさしく触れる手だ。
ああ、どうかどうか、直の努力が報われますように……。
自宅で見ていても埒があかないとわかり、会社の昼休みを狙って移動した。
対局もちょうど十二時から昼食休憩に入る。
「おじちゃん! 今どうなってるの?」
奥さんが実家に帰省しているらしいおじちゃんは、強烈な匂いのカップラーメン(とんこつ味噌醤油味)をズルズルすすりながらしっかり中継を見ていた。
「あれ? 休みじゃないの?」
「ひとりでいても落ち着かないし、何より全然わからない」
「まだどっちが優勢ってこともない。本格的な戦いも始まってない小競り合い程度だから」
「三時間も経ってるのに、今まで何してたのよ」
「ここまでだって水面下でいろんな駆け引きがあったんだよ。有坂先生が急戦に持ち込もうとしたのに、日比野棋聖に阻まれたり。牽制し合ってるから一見おだやかな進行だけど、下手すると一気に形勢が傾くぞ」
対局中会話はしないのだけど、盤上で「私はこう指します」「じゃあ、この辺りまではこの定跡で行きましょう」なんてやりとりがなされるらしい。
それで言うならば、今日は直が「戦いましょう」と提案しても、日比野棋聖が「応じません」と拒否する、なかなか激しい様相を呈しているのだとか。
止まっているように見える画面から、私にはそれが伝わって来ない。
「先手番だったらよかったのに。運悪すぎる」
緊張感に慣れない庶民の私は、早く楽になることばかり考えていた。
さっさと形勢有利になって、安心して応援したい。
「いいんだよ、これで」
おじちゃんは底に沈んでいたナルトを拾い上げ、自分が対局してるかのような真剣さで言う。
「今回のシリーズは全部先手が勝ってる。だから先手で勝っても『結局振り駒が決め手だった』って言われるぞ。だから後手できっちり勝って、誰にも文句言わせない形でタイトルを奪取するんだ!」
「……おじちゃん、格好いい」
「だろ?」