along
昼食休憩中の中継サイトでは、昨日の検分や前夜祭の映像が流されていた。
直は盤の前に座って駒を並べているものの、周りがあれこれ話し合っているのに、他人事のようにぼやーっと見ている。
聞かれたことにもうなずくばかりだ。
前夜祭ではさすがにキリッと挨拶していたけれど、その後ファンの女性とヘラッヘラ歓談している姿には、緊張感の欠片もない!
「有坂さんって人気あるんですね」
お弁当箱を片付けていた頼子ちゃんが、驚きを隠さずに言う。
「棋士の人気は実力に比例するからな。タイトル取ったらもっと人気出るんじゃないかな。……鈴本、そう不機嫌な顔するなって」
私は頼子ちゃんが淹れてくれた冷茶を、まずそうにすすって、返事を回避した。
『この形は先手がいいとされているんです。日比野棋聖は牽制しながら、慎重にこの形に持ち込みましたね』
番組では初手から振り返って解説が行われている。
『後手のこれは新手じゃないかな。このままだと分が悪いので、用意してましたね。地味なところですけど、この歩を進めることによって、先手の銀を抑える意味があります』
「新手ってどれが? 何がどうすごいの? おじちゃん、わかりやすく説明して」
「できるか、そんなもん! トッププロが考えた最新研究なんて、わかるわけない」
「頼りないな」
「俺が悪いんじゃないよ。この対局の進行をみて、その手がよかったのか悪かったのか、これから研究されていくんだから」
騒がしい私たちをなだめるように、女流棋士のやわらかい声が聞こえてきた。
『ここで対局者のお昼ご飯をご紹介します。まず日比野棋聖のお昼ご飯は、特上にぎり寿司とアイスコーヒーです』
見た目ダンディなおじさまだけど、食べ合わせにうるさい人ではないらしい。
“特上”というだけあって、ひきずるような穴子やトロ、ウニなどが見える。
『続きまして有坂八段は、天ぷらそば、おにぎり、オレンジジュースと烏龍茶です』
甘い飲み物のあと、さっぱりとしたお茶を飲みたがるところはいつもの直らしかった。
「少ない気がする。体調悪いのかな」
「タイトルかかってるんだから緊張して当然だろ。トイレで吐きながら指したって話も聞いたことある」
自然と眉間に皺が寄った。
万が一直が吐いていたとして、対局者に悟られるような態度は見せないだろう。