along
頼子ちゃんに尻を叩かれて、おじちゃんは渋々仕事に戻っていった。
私は一人で中継サイトを見続け、解説を一生懸命理解しようと耳を傾けた。
解説のスピードが早過ぎて全部は理解できないけれど、それでもなんとか雰囲気だけは掴んでいた。
……つもりなんだけど。
「で、結局どっちが勝ってるんだろう?」
中継サイトによっては評価値と言って、どちらが優勢であるかコンピューターの数値で示してくれるものもあるけれど、それも100前後を行ったり来たり。
私にわかったことは、やっぱり直はおやつにはケーキではなく、カシスゼリーとホットコーヒーを注文したということだけ。
確かにボロボロ落ちたりはしないけど、逆に水分が垂れてしまわないか気になる。
日比野棋聖はショートケーキとアイスティーを注文したものの、手をつける気配はない。
ゆったりコーヒーを飲む直の目の前では、日比野棋聖が脇息にもたれながら扇子をパチパチと鳴らしている。
その音によって思考のリズムを作るのだとか。
それが効いたのか、まもなくビシッと指した。
すると、それまでぼんやりしているように見えた直が、コーヒーカップを置いて身を乗り出す。
しばらくじっと見て、体勢が辛くなったのかバサバサと袴をさばいてあぐらをかいた。
行儀悪くも膝の上で頬杖をつき、深く深く悩み続けている。
ピクリとも動かなくなった直を残して、棋聖はショートケーキとアイスティーを食べ終え、席を立った。
その間直は、ずっと同じ体勢のままだった。
『うーーーん。ここはやっぱり……銀が出るんでしょうね』
解説の棋士が悩みながら、そろそろと銀を進める。
『歩ではなく銀ですか?』
『歩だと手抜かれたとき弱いんですよね』
『でも……結構怖いですよね』
直は小さなワイプの中で大長考を続けていて、解説は睡眠不足の頭には強烈な睡眠作用をもたらす。
『怖いは怖いですけど、でも有坂さんは斬り合いも好きですから』
『そうなんですか?』
『有坂さんって、普段はよく『怖くて指せない』とか『無理無理』とか言うけど、実際対局するとバンバン斬り込んでくるんですよ』
ぶはっ!
半分落ちていた意識が一気に覚醒した。
将棋の話はよくわからないのに、なんだか想像できてしまった。