along
私はこれまで浮気なんてしたことないし、したいと思ったこともない。
簡単に気持ちを切り替えたり、同時に誰かを好きになったりできるタイプじゃないのだ。
だからいつもの私だったら即座に切り捨てていた。
もしこれが昨日だったら、私には武という彼氏がいた。
もしこれが明日だったら、それなりに冷静さを取り戻して断っていたと思う。
今日この日このタイミングでしかありえない偶然が重なって、私は承諾していた。

「俺が言うのも何だけど、本当にいいんですか?」

「何? 冗談だったの?」

「いや、本気です! 付き合ってください! お願いします!」

すっかり蚊帳の外に置かれていたおばさまが、お土産のパッケージをひとつ破った。

「よくわからないけど、とにかくおめでとう! こんなものしかないけどよかったら」

と、私たちに言祝ぎの気持ちのこもったバームクーヘンを配り、自分でも頬張った。
私と彼もお礼を言ってから口に運ぶ。
バームクーヘンが口の中の水分をすべて吸ってしまったので、私たちは少しの間無言になった。
そのタイミングで、珍しくカウンターを離れた店員さんがツツツとやってきた。

「お客さま、申し訳ございませんが、店内に飲食物のお持ち込みはご遠慮いただけますか?」

「あ」

「あら、ごめんなさい」

「すみません!」

大人が三人も集まって、そんな常識に誰も気づかなかった。
そのくらい状況は異常だったのだ。
慌ててコーヒーでバームクーヘンを押し流したものの、どうにも居心地が悪くなってしまい、モンブランは半分残したまま店を出た。


「じゃあ、私は新幹線の時間もあるから。ごちそうさまでした。お幸せにね!」

紙袋を三つ抱えた手を懸命に振って、おばさまは去って行った。
短時間に芽生えたとは思えないほどの親しみを込めて、私も笑顔で手を振る。

「お気をつけて! お嬢様もお大事に!」

その背中と紙袋が雑踏に消えるのを見届けて、私は彼に向き直った。

「じゃあ、私もこれで。ごちそうさまでした」

軽く頭を下げてきびすを返す私の腕を、彼はグイッと掴んで引き戻した。

「連絡先教えてください」

「ああ、そっか」

私たちは付き合うことになったんだっけ。
異常なことが次から次へと起こるものだから、脳がついていけていなかった。
彼の方は冷静にポケットから携帯を取り出す。
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