along
「えっと……」
状況を確認しようと口を開いた瞬間、画面の『有坂行直 八段』の上に赤字で『勝』という字がついた。
同時に
『158手で勝ち 棋聖奪取』
とテロップも出る。
「奪取?」
おじちゃんも呆然としたままうなずく。
「勝ったの?」
「勝った」
「棋聖?」
「棋聖だな」
「真織さん、おめでとうございます!!」
頼子ちゃんにお祝いを言われて、ようやく状況が理解できた。
「やったああああああ!!」
おじちゃんが大声を上げて社長に抱きつき、頼子ちゃんも私の手をぎゅうぎゅう握った。
ブラジルは笑顔で拍手を贈っている。
私は力が抜けてしまい、イスにもたれかかったのだけど、その座面がストンと落ちた。
対局室には記者がなだれ込んできて、フラッシュとバシャバシャというシャッター音でいっぱいになった。
急に人の出入りが激しくなり、相変わらずシャッターは切られているけれど、ふたりは動かない。
日比野先生はまだ難しい表情のまま盤面を睨んでいて、直もその空気を受けて黙り込んでいる。
日本の伝統芸能に多いように、勝ってもあからさまに喜ばないのがマナーなのだ。
まもなく、その場でインタビューが始まった。
『では、まずは勝たれました有坂先生からお話を伺いたいと思います。棋聖を奪取されました。おめでとうございます』
『ありがとうございます』
『初めてのタイトル獲得となりましたが、今の率直なお気持ちをお聞かせください』
『よかったです。ほっとしました』
直の声は疲労のせいかボソボソと小さく、たくさんのシャッター音に掻き消されそうだった。
『本局を振り返っていかがですか?』
『ずっと難しくて、よくわからなかったです』
さっき掻いたせいで後頭部の髪の毛が跳ねていて、今後ずっと残る写真なのに威厳も何もない。
『改めてシリーズを振り返ってみて、どんなシリーズでしたか?』
『常に先行される形でしたので苦しかったです。最後までずっと、そんな感じでした』
将棋で脳をすり減らしたのかと思うほど、単純な返答だった。
日比野先生の方がずっと堂々とした受け答えをしていて、その貫禄はタイトルを奪われて尚変わっていなかった。
『最後に、棋聖として一言お願いします』
『また気を引き締めて、前に進んでいきたいと思います』
『ありがとうございました。ではお二方とも、大盤解説会場の方に移動をお願いします』