along

番組は解説に切り替わった。

『この金を見て、日比野棋聖の投了となりました。158手の大熱戦でしたね。先生、投了図以下の解説をお願いします』

女流棋士の言葉を受けてプロ棋士が詰みまでの手順を解説している。
嬉しいのに喜び損ねたままただ座っていると、

「真織さん、どれがいいですか?」

頼子ちゃんがコンビニのビニール袋を差し出してきた。
いつの間にか、頼子ちゃんとブラジルがお酒やお菓子を買ってきてくれたようだ。

「せっかくだからお祝いしましょう! 社長の奢りです」

「私は何もしてないんだけどね」

「オリンピックで誰かが金メダル取ったら、勝手にお祝いするじゃないですか。あれよりは近いですよ」

金メダルよりはずっとマイナーで、生涯知らない人の方が多いようなタイトル。
しかも棋聖はタイトルのランクで言えば一番下位に位置している。
賞金が多くないからだ。
それでもタイトルホルダーの意味は重い。
金メダルや名人より価値が低いなんて思わない。

「有坂さん、棋聖獲得おめでとうございます! かんぱーーい!!」

「かんぱーーい!!」

社長に続いてみんなビールやチューハイの缶を高く掲げる。

「歴代の棋聖は大変なメンバーだよ。想像を絶する名誉とプレッシャーなんだろうな。一期でも取ればそれを生涯一人で背負う……重いよ」

自分の肩に乗っかったわけでもないのに、おじちゃんは背中を丸めてイカソーメンをかじった。
当の本人は、大盤解説会場でさっきより明るい表情で本局の解説をしている。

一人で背負う覚悟なんてとっくに出来てるって、直は言ってた。
やっぱりそれを分け合うことはできないのだ。
だけど、私にも違う覚悟が必要だ。
明るくて深い、闇によく似たものを抱える人を、それごと愛する覚悟。
隣で何もできずに見守る覚悟。
頂点を極めても、いずれそこから転げ落ちても、いつも変わらない笑顔で迎える覚悟。
「寄り添う」ってそういうことだと思う。
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