along
直と日比野先生は対局室に戻って感想戦に入っていた。
感想戦というのは、対局後に「あの場面でこの手を指していたらどうしてた?」「その場合はこうしようと思ってた」と検討し合う反省会のこと。
棋士は対局中の全ての手を覚えているから、「あの場面」と指定されてもすぐに盤面を戻せる。
それは過去に指した対局もそうだし、他人の棋譜も膨大な量が頭に入っているらしい。
ものすごい早さでパチパチパチパチと盤面を戻し、直は額に手を当てて困ったような表情をしながら聞かれたことに答え、日比野先生はうんうん頷きながら駒を動かしている。
聞いてもわからない私たちは、その様子を横目で見つつ、せっせと缶を空けていった。
お酒が足りなくて、ブラジルが二度目のコンビニに走ったほど。
「風見、甘い酒飲みながらよくチョコレートなんか食えるな」
「これ、ファジーネーブルですから。フルーツとチョコレートが相性いいっていうのは常識ですよ」
「そうそう僕も風見さんに賛成。ベンちゃん(おじちゃん)はさ、ラーメンをおかずにご飯を食べるって考えるから違和感あるんだよ。ラーメンスープの中にライスを入れるって考えると自然でしょ?」
「キヨちゃん(社長)、何の話してるの?」
「なにこれ! ココナッツミルクサワー!? すごいセンスだね、ブラジル……」
ココナッツミルクサワーの意外にも高いアルコール度数に顔をしかめていると、ポケットで携帯が震えた。
『かっあよ』
たった一言、直からだった。
まさかこのタイミングで報告が来るとは思っていなくて驚いた。
感想戦を終えた直は、今頃記者会見の準備をしているはずで、ほとんど暇なんてなかったと思う。
携帯だって預けているから、簡単に触ることもできないはず。
これまでの四局でも、連絡は深夜だったのに。
直はこの大事なときに、『真織に誰より最初に報告する』って約束を守ってくれたのだ。
きっと本当に全然余裕がなくて、漢字変換もできなくて、急いで打ったから字も間違って、それでも直す暇さえなくて。
『勝ったよ』それだけ送ることがどれほどギリギリだったのか、わかるメッセージだった。