along
返信に悩んでいると、記者会見が始まった。
主催新聞社から花束の贈呈があり、さっきのインタビューと同じような質問が続いた。
『四度目のタイトル挑戦での初戴冠ということですが、これまでとの違いは何かあったのでしょうか?』
『うーーーん……単純に棋力が上がってきたということと、精神的にもいろいろ落ち着いたというか』
『精神的に落ち着いた、というのは?』
『将棋は好きで始めたことですし、好きでずっと続けてきたことなので、これからもそうやって指して行こう、って』
幾分疲れは感じられるものの、直の声はいつものように落ち着いていて、素直な気持ちが伝わってくる。
『棋聖を取られて、最初に何がしたいですか?』
『両親と師匠に、この後電話したいと思います』
『師匠の奥沼七段は、先ほど『お祝いだから飲みに行ってくる』とコメントされたそうです』
『あはは! じゃあ、掛けても出てもらえないかもしれないですね』
すでに報告をもらった私は、なんだか申し訳ないような恥ずかしいような気持ちになって、『かっあよ』を見つめた。
『これまで心が折れそうなときもあったと思うのですが、そのあたりのお気持ちはどうだったのか、お聞かせ願えますか?』
一瞬考える間を取って、それでも直はこれまで同様、真っ直ぐに答えた。
『苦しかったです。焦りましたし、もう自分にはタイトルは取れないのかなって』
『それはいつ頃からですか?』
『三度目のタイトル挑戦に失敗してからなので、えーっと、三年前くらいです。そこから苦しかったです。今日までずっと』
率直な言葉と炭酸が口内炎にしみた。
「口内炎痛い……。しみる」
じわじわ涙がこみ上げてきて、抑えることは不可能だった。
やっと追いついてきた感情が目の奥から溢れ出し、目元にあてた手の甲をスルスルと伝う。
「わ、私、ティッシュ取ってきます」
頼子ちゃんが鼻をすすり、顔を背けて席を立つ。
「ビールってしみるよね」
と社長も目を潤ませていた。
「キヨちゃんも口内炎?」
「いや、僕はポテトチップが目に入っちゃって。ベンちゃん(おじちゃん)こそどうしたの?」
「咳込んだらビールが目から出た」
ブラジルだけはいつものようにニコニコとそんなみんなを見守っていた。
悩んだ末、メッセージはごく短いものにした。
『知ってる。おめでとう』
万感の想いを込めて、そう送った。
『まだまだ直進
棋聖 有坂行直』
と書かれた色紙を持って、ぎこちなくフォトセッションに応じる直を見て、これを読むのは一体どのくらい後になるのだろうと想像しながら。