along
梨田さんは少し首を傾げて、複雑な笑顔を見せる。

「うーーん、俺の奥さん、そこそこ指せる人なんですけどね、良し悪しですよ」

「そうなんですか?」

「隠しておきたいミスも筒抜けですから」

「直にも、そんなのありますか?」

「あるある。去年の叡王戦の頓死(最善手で対応していれば勝てたのに、応手を間違えて自玉が詰んでしまうこと)なんて、絶対知られたくないと思いますよ」

ふふっ、と楽しげに笑って「バラしてやりました」と言うので、私も遠慮なく笑った。

「いいこと聞いちゃいました」

梨田さんに案内されて入った会場は、ガヤガヤと人で溢れ、大きな金屏風のある高砂や豪華に活けられた装花が眩しかった。
まるで有名人や政治家のパーティーみたいで、「やっぱり直も有名人なんだな」と再確認させられる。

「羨ましいですね」

梨田さんは少しだけ切なそうに、今はまだ誰もいない高砂の方を眺めている。

「俺も就位式に奥さんを招待してみたいなあ」

棋士になれる人は一握り。
その中でタイトルを獲得できる人は、さらに一握り。
多くの棋士が憧れて憧れて、それでも手にすることができないタイトル。
その就位式なのだ。

黙ったままの私に、梨田さんはメガネの奥のやさしい目をふんわりと細めた。

「有坂なら今後何度もあるかもしれないし、有坂でさえこれが最後かもしれない。どちらにしても苦しんで苦しんでようやく掴んだタイトルですから、今夜は目に焼き付けていってあげてください」

軽く一礼して去っていく梨田さんに、深々と頭を下げた。
安易な言葉は言えなかった。

金屏風は大きなシャンデリアの明かりを反射して、自ら光を放っているかのように見える。
その眩しさも、ちゃんと胸に刻んでおこうと思った。


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