今宵の月のように
誰かは私の腕をつかんで立ちあがらせると、
「おい、逃げるぞ!」

強い口調で声をかけて、その場から立ち去ろうとした。

「えっ、どこにですか!?

私の家、すぐ近くにあるんですけど!?」

私はすぐ目の前にあるオレンジ色のレンガのマンションを指差すと言い返した。

「えっ、家…?」

ハッと我に返ったように呟いて、考え込むように黙り込んだ。

な、何ですか?

パトカーのサイレンの音は大きく鳴っていて、すぐ近くまで警察がきているのだと言うことがわかった。

「ちょうどいい、警察もすぐ近くまでいるし一旦避難させてもらおう」

「えっ、はい?」

驚いている私の顔を誰かが覗き込んできた。

「――ッ…」

意外にも近かったその距離に、私は戸惑った。
< 6 / 105 >

この作品をシェア

pagetop