クールな課長とペットの私~ヒミツの同棲生活~


“智基”


三辺さんがそう口にした時、そこに優しさ以上の甘さが含まれていた。そう感じたのは私の気のせい?


第一、なぜ上司を名前で呼ぶのだろう? 咄嗟のことで意味がわからずに目を瞬かせる私に、彼女はふふッと笑う。


「じゃあ、加納さんお疲れさま。明日は仕事に出られそうだからよろしくね」


軽やかな足取りで本社ビルに吸い込まれた三辺さんの後ろ姿は、本当にしあわせそうに見えた。


なぜ、体調不良で仕事を休んだ三辺さんがこんな夜遅く、職場に来る必要があるかという疑問は、彼女自身が答えてくれた。


“上司である課長に夜食を差し入れに来た”


だけど、と思う。


それならば別にわざわざ手作りをして来なくても、コンビニで買えば……それに。名前で呼ぶのはなぜなんだろう?


「チョコ、どう思う?」


ダイニングテーブルで頂いたものを広げながら、チョコと名付けた仔犬に問いかける。柴犬らしいチョコは、今はお気に入りのペットベッドの上ですやすや眠ってる。


犬に訊いたって答えが返ってくるはずもないけれど、誰かに聞いて欲しくてついついこぼしてしまった。


遠慮がちに口にしたサンドイッチは、ライ麦パンにバターが塗ってあって、具はオイルサーディンや香草にオリーブなど。今まで食べたことがない美味しさに、気がつけばぺろりと平らげてしまってた。


「美味しい……」


ぽつりとこぼした言葉を拾う人はいない。


冷蔵庫を開けば、朝私が作った葛城さんの分の朝食が手付かずで残ってる。


葛城さんは三辺さんのサンドイッチは食べるのかな……と、項垂れながら寂しくドアを閉じた。


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