ハル
水泳では0.01秒という一瞬の時が鍵を握る。
いわゆる”タッチの差”というやつだ。
スタートの飛び込みでどれだけ素早く反応できるか、ターンのタイミング、タッチの瞬間、、どれもが欠かすことのできない一瞬であり、僕の嫌いな一瞬でもあった。
反射神経にかなりの劣りを感じる僕にとって、
瞬発力のなさはスタートに支障を来すのだ。
タイム測定から15分の休憩を終えて、しっかりと息を整えた僕はダッシュコース(スタート練習専用)へ向かう前に練習メニューを熟そうとする。

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Free 200m×4 3'00
S1 200m×4 3'30
Free 100m×10 1'30......

僕がプールに入ると、テスト1週間前の部活停止期間までにどれだけ体力を付けられるかが勝負だ、と顧問が叫ぶように部員たちに言い張った。
そしてテスト期間で体力を落とすな、と。
テスト期間は5月の下旬、6月の下旬には県総体がある。
テストが終わって1か月で体力を元に戻すのは難しいからだろう。
僕は漠然とした目標すらないまま練習に立ち向かった。
100m平泳ぎ、自分の最新のタイムは1分19秒36。
自己ベストには約2秒至らない。
「榎本!麻田!」
顧問が洸平と僕を呼ぶ声が聞こえる。
なぜ呼ばれたのかは予想がついた。
何のためにテスト前にタイムを計ったのか、
何のために洸平と僕が呼ばれたのか、
そして、なぜこの瞬間呼ばれたのか。
練習メニューを終えてすぐの洸平と僕は
息を切らしながら顧問の元へ向かう。
顧問の横にはタイム測定の結果をまとめた紙を挟んだバインダーをもつ舞子がいる。
水泳経験者ということでマネージャーとして何の差し支えもなく仕事ができている、ように見えた。
「榎本、メドレーメンバーに入れ。あくまでも仮にだ、テストが終わってもう一度タイム測定をする。そこでメドレーメンバーを確定させる。今日最後に測るリレータイムのときにはお前が入れ。」
「はい。」
僕が返事をすると、咄嗟に舞子が口を開く。
「洸ちゃん、まだ1か月あるから落ち込んじゃダメだよ。」
「ありがとう〜」
当たり前だがこういうときは、負けた方に味方がつく。
更に僕はふと思った。
僕は洸平にいつか負けるかもしれない。
そんな気持ちを巻き返すほどの気力は、今はまだ湧いてこなかった。
僕が本当に誰かに勝てるのはいつだろう。
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