氷の華
このママの香りがあれば、未だ未だ慣れそうもないあのマンションに居ても、なんとかやっていけそうな気がするよ。


心の中でママにそう告げながら、ポケットに仕舞った小瓶を持ってお店を後にした。


ドアに鍵を閉めて離れていく私の背中に、ママが語りかけているような気がする。


借金を背負ってまで、貴女がお店を守る事なんて無いと…。


でもねママ、今の私の夢は、もう一度このお店をお客さんでいっぱいにする事なの。


車に乗り込む前に、もう一度寂しげなお店の姿を眺め、再度その決意を固めた。


「その香り、私は凄く素敵だと思いますよ。」


今日一日、ずっと無表情で車を運転していた柿沢店長が、微笑みを漏らしながらそう言ってくれた。


今日初めて、ううん、今までで初めて見せてくれた、そのはにかむようなその微笑みは、対向車のヘッドライトによって陰影を作り出し、私には少し照れているように見えた。
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