氷の華
伊藤だけが俺の背後に深々と頭を下げたが、柿沢と柴山は動かなかった。


そして、頭を上げた伊藤も、訝しい表情を見せた。


不審に思い振り返ると、其処には杖を突いた痩せぎすな老人の姿があった。


「中々、良い店だな。」


昨日、電話越しにでも声を聞いていなければ、その人物とは到底分からなかっただろう。


俺の記憶の中にある姿とは、全くの別人になった黒谷だった。


そう気付いた瞬間、柿沢と柴山が動かなかったのは、一目で同業だと感じ取ったのだと理解出来た。


まさか本当に黒谷が足を運ぶとは、俺ですら考えてもいなかった。
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