氷の華
二十年前の黒谷は、太鼓腹を突き出した恰幅の良い男だった。


それだけではなく、新たにオープンさせる店を次々に繁盛させ、その勢いに乗って圧倒的な風格もあった。


仕立てたばかりのスーツに肉達磨の体型を押し込んではいたが、身に付ける物は洗練された物を選びセンスも兼ね備えていた。


だが、今目の前に居る老人は、骨と皮だけとなった一個の生命体だ。


持て余している灰色のスーツは、凝視すれば質の良い物だと分かるが、一見しただけなら安物にも見える。


風格も覇気も無く、最後に残された打算に足を運んだ、後は朽ち果てるだけの老人。


言い方を変えれば、醜悪に成り下がった老獪だ。


田辺が舌なめずりしている姿が脳裏を過ぎったが、直ぐに打ち消した。


通過点に見定めていた物は、もう既に越えてしまっていたのだな。
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