氷の華
お互いの視線が絡まる事数秒後、先に視線を逸らしたのは黒谷だった。


「付け足すなら、貴方が目指していた所は、俺にとって通過点でしかない。柿沢、表まで送って差し上げろ。」


「二十年という間で、恐ろしい男になったものだな。」


そう言いながらソファから立ち上がった黒谷に、視線を合わせる事は無かった。


この世界に身を置いていたら、客や同業の浮き沈みは数え切れないほど目にしてきた。


さして、珍しいものでもない。


ただ一つ思うのは、俺と同じく身寄りの居ない黒谷が最後に固執したのは、金でも女でもなく己の名前だったと言う事だけだった。


「そうだった。あの女の所在だがな、もう亡くなっていたそうだ。」


そう残された黒谷の言葉に、火を付ける予定だったマルボロが、口元から床へと零れ落ちていった。


何も映さない瞳の代わりに、一緒に床へ落ちたライターの金属音が鼓膜で木霊していた…。
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