氷の華
左腕に巻いている、ベゼルの腕時計に視線を落とした。


一分三十秒…四十秒…五十秒…。


俺が店内に入ってから二分を過ぎた所で、店長を任せている柴山が、早歩きで此方に向かってくる。


焦っている素振りを、楽しく呑んでいる客に悟られないように平静を装っているが、形相は必死そのもの。


「すいません、仕事の方が立て込んでまして…。お疲れさまです、社長。」


柴山の弛んだ頬肉は、言い訳を言い終わってからも揺れ続けている。


一個の生命体が三つ、半身ずつその身体をずらしながら、目の前に並んだ。


俺の地位から見れば、役職なんてものは何の意味も成さない。


それを眺め、頷きだけ返すと、店内を見渡しながら歩き出した。
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