氷の華
若い頃から様々な店で呑んできた辰巳は、十年前に俺が持つ店の一つへやってきた。


偽の愛に溺れて金をつぎ込んできた男の成れの果ては、勤めていた会社の給料がツケ代で消える無惨なもので、普通なら文無しと分かっている人間など入店を拒否する所だが、俺の店ではツケで存分に楽しませた。


溜まりに溜まったツケとの交換条件に、キャストやホールスタッフと他店の偵察を兼ねる、人事部の席を提示した。


それまでの生活スタイルを変えずに給与が貰える条件を前に、辰巳が二つ返事で頷いたのは言うまでもない。


他店の人事の人間が呑みになど来たら、ボロ雑巾のようになるまで殴られても文句は言えない。


だが辰巳の存在は俺しか知らず、唯一の繋がりは携帯の番号しかないが、辰巳の携帯に俺の名前は偽名で登録されている。


つまり、俺と辰巳の表面上の繋がりは、全く無いという事だ。


今度はデスク上の電話を取り、明日の朝までに一千万の現金を用意するようにと、本社ビルの事務所へ電話を繋げた。
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