氷の華
初出勤だと、夜型に体内時計を合わせていたのが空振りに終わり、家に帰っても中々寝付けなかった。


漸く眠れそうだと思った時には、カーテンの隙間から東の空が白み始めていた記憶が有る。


夢の中だった私を起こしたのは、今から丁度一時間前にかかってきた、柿沢店長からの電話だった。


─柿沢です、お早う御座います。午前十時にお迎えに参りますので──


寝ぼけてたからちゃんと返事出来たのかは分からなかったけど、電話を切って暫くした後、夢の中に柿沢店長の声が蘇ってきて、慌ててベットから飛び起きたんだ。


準備は何とか間に合ったけど、それにしても、必要以上の事を話そうとしないのは、氷藤社長の下で働いてきたからなのかなと思う。


アパートの階段を下りた私の視界に入ってきたのは、真っ白なベンツの脇に佇む柿沢店長の姿だった。


私が小さな頃から住んできたボロアパートの前に停められているのは、場違いや不釣り合いに感じてしまい、申し訳なくすら思える。
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