太陽に手を伸ばしても




「行けるかもしれない」



と、陸がにこっと笑って言った。
奥の方に千夏が見える。




「完封勝利も、な?」

なんとなく言ってみただけなのに、陸の表情が一瞬、こわばった。



「た、確かに、そうだよな、0対0だもんな、今んとこ」


明らかにさっきと変わった空気。
変な緊張感が急に漂いはじめる。

こんな時に余計なことを言ってしまったかもしれない。
本当は向こうにどんだけ打たれようと、ただ俺たちが勝てばいいだけなのに。



「ま、気楽に行こうぜ、俺も次こそはちゃんと打つからさ」

そうだな、と陸は言ってヘルメットをかぶった。
打順が陸に回ってきたのだ。


「じゃあ、行ってくるわ」


「おう」


客席の方から聞こえる管楽器の音がいっそう大きくなる。
陸はバッターボックスの方へと歩きながら、バットをくるくると回した。

スパイクで土をならして、構える。


俺は思わず唾をごくりと飲んだ。



向こうのピッチャーが腕を大きく降り下ろす。



打て。

打ってくれ。



バシッ!と大きな音を立てて、球はキャッチャーのグローブの中に収まった。


「…ストライク!!」


審判の声が抜けるように高い秋の空に響く。
陸はバットを少しも動かせていない。


…くるっ、ともう一度バットを回してから構える。




…さっき俺が言ったこと、気にしてないといいな。

下手に完封勝利とかいう言葉なんて使わなきゃよかった。
あれがプレッシャーになって打てなくなったら、なんて普段の俺なら考えられないくらいにくよくよしたことを考えてしまう。


俺はなんか耐えきれないような気持ちになって、強い日差しの残る空を仰いだ。



その時だった。

金属バットのかん高い音と無数の歓声が俺の耳に飛び込んできた。


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