幸せの出会いかた
山中さんは、最後まで口を挟まず、私の見て聞いてくれていた。

ずっと握っていたビールジョッキから手を離し、隣に置いてあった水を一口飲むと、

「俺の何気ない言葉で、戸田さんが救われたのならよかったです。何気ないといっても、あなたに伝えたいと思うくらい、俺も気持ち的に助かったのは事実なんで。もうちょっと話してもいいですか?」

うなずく。

「元カレも、よほど余裕なかったんだろうなと思います。新人時代は、自分の理想と、ぼろぼろの現実とで、かなりダメージくらうから。俺もそうでした。だけど、うまくいかないことを、まわりの人のそれも大事に思ってくれている人のせいにするな。置き換えるな。と、今の俺は言いたい。」

一呼吸おいて、

「会社や上司に合う合わないがあるのは、わかる。転職も手なのもわかる。でも、うまくいかなくてもがいている時に、ダメな方向に引っ張られすぎてはいけない。自分の気持ちを、かなりしんどいけど、なんとか立て直す必要があると、俺は思う。どうしてうまくいかないのか考えて、やり方を変えるとか話せそうな人に相談するとか、機を見て策を講じて、動いてもがかないと、何も気持ちも変わらない。気持ちの立て直しを始めなかったら、どんなに優しい言葉や励ましの言葉をかけてもらっても、心が閉じているから、なんも響かない。」

「えっ、響かない? でも、私のがんばってに、激怒した」

「自分の意に染まぬ言葉だったのもあるだろうけど、怒りは、彼自分自身に向けてだったと思う。だから、あなたの言葉が原因でもないし、彼の仕事の行き詰りも、あなたがいるからのせいでなんかない。」

(彼の怒りは、彼自身のやるせなさの表れだったの?)

「彼が別れを選んだのは、そうすることでしか、自分を変えられないと思ったからなのではと思う。」






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