漆黒の騎士の燃え滾る恋慕
アンバーの声を聞いて、ファシアスが一気に魔球を押し返した。そのまま足を進め、気合と共に魔球を貫いた。


あたりに野獣の悲鳴のような声がこだました。


魔球は一瞬静止したあと、弾け散り、飛沫のように宙に浮いてあっという間に風に消えた。


そうしてあとに残ったのは、聖剣につんざかれて、ひざをつくエルミドだった。


剣が刺さった先から、黒く染まった身体が白く変色していく。
ゆっくりと傷むように…やがて身体全身が真っ白になって、あとにはもう老人のような人間しか―――いや、屍そのものと化した憐れな王太子があった。


「アンバー…あん、バー…」


なおもアンバーの名を呼び、やせ細った手を伸ばし、エルミドはそのままばたりと倒れた。
それでもなお手を伸ばし続ける。微かな呼吸をしながら、救いを求めるようにまっすぐアンバーへ。

そこには冷酷で狡猾な欲望にまみれた男の姿はなかった。
ただ純粋に憧れを求めるだけの幼子のようであった。無性の愛を求める、哀れで孤独な人間の。


「おい…あぶないぞ…!」


ファシアスの声をきかず、アンバーはゆっくりとエルミドに近づき膝をついた。
そして、しわくちゃの手を取り、そっと撫でて両手で包んだ。強く、温かく。


「もう休みなさい。私はこうしてそばにおります」


静かでおだやかなその言葉がエルミドの心を解放した。
包んだ手にぐったりと重みが増した瞬間、風が吹いて亡骸と化したエルミドを吹き崩した。白い灰となったそれはあっという間に空に舞い上がり、跡形もなく消えた。

魔力に身も心も奪われた王太子の、あまりにみじめで儚い最期だった。






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