漆黒の騎士の燃え滾る恋慕
「…だいぶ長居したな。祭典前にすみませんでした。俺はもう行きます」

「え…あ、待ってファシアス!」


急によそよそしい態度に変わってしまったファシアスに、怒ったのかと思ったアンバーは思わずその腕に手をやった。


「…また…来る?ファシアス…」

「…」

「来週にはね、美味しい菓子が届くのよ?来ないと、独り占めしちゃうんだから…」


くるり、と振り向いたファシアスは、いつものイジワルげな表情に戻って、ニッと笑みを浮かべた。


「じゃあ是非あずかろうか。『聖乙女』サマが子豚のように太っては格好悪いからな」

「そ、そんなに食べないわよっ」

「ははは」


笑いを残してファシアスは宮から出ていった。





宮を囲む結界から一歩出ると、急にすりガラスに阻まれたように、宮はぼんやりと蜃気楼のように視界に見えるだけになった。
ファシアスを見送るアンバーの姿も、幻のようにかすんでいた。
だが、ファシアスの目にはしっかりと残っていていた。寂しげにファシアスを見つめる、切ないまでに澄んだ新緑色の瞳を。


「…ち。だから、期待しちまうんだろうが」


舌打ちして、ファシアスは苦々しげにひとりごちた。


「ほんとは『連れて行って』って言いたくて、たまらないんだろ…」












< 20 / 128 >

この作品をシェア

pagetop