漆黒の騎士の燃え滾る恋慕

禍事のはじまり

アンバーの心は今朝のファシアスとの別れの時のまま、ふわふわとしておぼつかなかった。
華々しく着飾り、1年ぶりに宮を出て王族総出で城に迎え入れられた時も、『聖乙女』と一部の高位神官だけが出入りを許されるこの聖賓の間に通された時も、祭典の始まりを粛々と待って気を高めるこの時も―――脳裏をよぎるのはただ一人のことだけだった。


(ファシアス…)


胸がもやもやして、苦しい。
アンバーは重たく首に下がる幾重もの胸飾りを握った。けれど苦しみは消えることはない。この不可解な感覚は、胸の奥底から湧き起こってくるのだから。

解かっていたはずなのに、ファシアスともう会えなくなるという現実がすぐそこまで歩み寄って来ていると感じた瞬間、足元に現れた穴に吸い込まれるような気がした。
ただ胸の苦しさだけしか感じない。なにか重たいものに押し潰されてしまいそうな感覚。なにがこれほどまでに重く感じさせるのだろう…。


(『聖乙女』としての立場…ううん…一人きりになる寂しさ…なんでも話せる友達を失う恐怖?………ちがう。ぜんぶちがう気がする…だったら、なに…)
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