漆黒の騎士の燃え滾る恋慕
王太子の部屋がある城奥から駆け続け、ファシアスはアンバーを抱えたままどうにか中庭まで逃げおおせていた。

もうすこし行けば城壁を越えられる。外に出れば追っ手に捕まる危険性はさらに少なくなる。アンバーを強く抱いたまま、ファシアスは壁と樹木の影を渡り歩き城壁を目指した。

アンバーは王太子の魔弾を受けたファシアスの傷が気になっていた。


「もう下ろしてファシアス。私は走れるわ。…おまえ、肩が…」

「大した傷じゃない。長年狭い宮の中だけにいたあんたを走らせる方が、かえって足手まといになる。…それより」


ファシアスは空を見上げた。
いつしか雹雨はやんでいたが、空は相変わらず重くのしかかるような曇天だ。


「あの男に、なにをされた」


ファシアスの腕の力が強まる。断罪されるような重苦しい気持ちに襲われ、アンバーは首筋を、先ほどエルミドに吸い付かれた首筋を隠すようにうつむいた。
涙がこぼれそうだった。『聖乙女』の力が失われてしまったこと以上に、ファシアスにエルミドにされたことを知られるのが怖かった。

ファシアスは急にアンバーを下ろすと、押し黙るアンバーの顎を乱暴につかんだ。
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