漆黒の騎士の燃え滾る恋慕
その指がアンバーの唇をそっとなぞった。
軽くこするだけの小さな動きなのに、身体中が熱く火照りだす。胸の高鳴りがさらに激しくなる。
エルミドに触れられた時とは、驚くほどにちがう反応だった。


「もう『聖乙女』ではないのなら、このまま俺の…ずっと俺だけの…」


アンバーは硬直したようにファシアスの黒い瞳に見入った。
そしてその瞳がどんどん近づいてくるのも、黙って受け入れる。
腕が腰にまわり、抱き寄せられた。
さらに瞳が近くなって、唇にうっすらやわらかいものを感じ―――


「まだ先に入っていないはずだ、よく探せ!」


不意に乱暴な男の声が聞こえた。
頬を包んでいた手が咄嗟にアンバーの口を覆い、ファシアスの目に鋭さが戻った。

追跡兵たちだ。
すぐ近くにまで来ている。

「グズグズしてる場合じゃなかった」と小声でひとりごちると、ファシアスは再びアンバーを抱きかかえた。
その瞬間、身体が一瞬よろめいたのをアンバーは見逃さなかった。


(…やはり魔弾の力が)


危惧が当たったと思った。
やはり魔力は少しずつ確実にファシアスの身体にダメージを与えているのだ。

しかし気遣う暇をファシアスは与えてくれなかった。再びアンバーを抱えたまま駆けし、アンバーはその身体にしがみつくしかなかった。
己の無力さに、めまいがするほどの悔しさを感じながら。






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