漆黒の騎士の燃え滾る恋慕
立ち往生していると、兵士たちが一斉に襲いかかってきた。
だが、ファシアスはアンバーを片腕で抱きかかえると目にもとまらぬ速さで兵の一人を斬りつけ、一瞬ひるんだすきに二人、三人と動きを封じていく。見事な剣さばき。まるで子供を相手にするようだった。

そうしてできた兵たちの隙間を突っ切って再び駆けだす。
だが、兵士も続くように追いかける。

ヒュン…!

矢がアンバーの目の前で過ぎ去っていく。騒ぎを聞きつけ集まってきた兵が、ファシアスの進行を邪魔する。それを薙ぎ払い、突破し走る。ひたすらに走る。

しかし運が悪かった。

ファシアスは急に足を止め、大きく舌打ちした。
目の前には断崖が広がっていた。弱い月明かりでは下が見えないほどに高い絶壁が。

アンバーをおろし、ファシアスは本格的に剣をかまえた。
追い詰められたとはいえ、雑兵相手に手こずるファシアスではない。
強く豪胆に時に舞うように、数多の兵を寄せ付けない見事な剣さばきは、アンバーも思わず見入ってしまうほどだった。

が。

ふいにまがまがしい空気を感じて、アンバーはそちらに視線をやった。
そして緊張する。
エルミドが近づいてきていた。アンバーの視線に気づくなり、エルミドはあの酷薄とした笑みを浮かべ、唇を小さく動かした。

呪文を唱えている…!
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