君にまっすぐ
「すみません。よく考えたら武堂さんみたいな方がこんな定食屋さんに来るわけがないですよね。」

「いや、俺だってたまには庶民的なものも食べるから。それに俺も何も考えずにフレンチとか言っちゃってごめんね?」

当たり前のように孝俊からそこそこいいお店を提示されたあかりは恥を忍んで定食屋を指定した。
何しろ財布の中身は3000円しかなかった。

「いえ、本当にお礼にもならないようなお礼で申し訳ないです。」

「そんなに気にしないでって。俺も豚のしょうが焼きとか好きだから。」

「私も豚のしょうが焼き大好きです。家では鶏のしょうが焼きとかもしますけど、美味しいですよね。」

孝俊の好きという言葉に安心したのか、嬉しそうに美味しそうにしょうが焼きを頬張るあかりを見ているとつい顔も心も緩んでしまう。

「鶏の生姜焼きは食べたことないな。よく料理するの?」

「はい、あまり家計に余裕もないのでだいたい自炊ですね。でも、鶏といってもだいたい安い胸肉ですし、豚の時も細切れ肉で適当に作ってしまうので、自慢できる代物ではないです。」

「細切れ肉って何?」

「ふふっ。武堂さんみたいな方が細切れ肉なんて食べたことないに決まってますよね。細切れ肉は各部位の切れ端を寄せ集めたものですよ。」

あかりはコロコロと笑いとても楽しそうだ。

「武堂さんはどこで豚のしょうが焼きを食べるんですか?」

「父親がわりと庶民派で家の料理人にリクエストしてるから。母親はフレンチとかイタリアンを食べたがるから、家庭料理と半々ぐらいで食べてる。でも、家以外で食べたことはないかな。」

「それじゃあ、きっと最高級のお肉を使ったしょうが焼きでしょうね。いいなぁ、美味しそう。」

「フレンチとかイタリアンとかには惹かれないの?」

「まともにフレンチとか食べたことがないので、緊張して味がわからなくなりそうです。作法もよくわからないですし。もちろん学生でも入れるようなカジュアルなお店に行ったことはありますけど。でも、リラックスしてがっつける定食とかの方が私は好きですね。」

「ははは。本当に君は面白いね。俺を目の前に定食のほうが好きなんていう女性は初めてだよ。だいたい、高級フレンチだのイタリアンに連れて行かされるし、俺も女性はそういう方が好きなんだと思ってた。」

「それは、武堂さんの周りが華やかでセレブの方が多いからでしょう?」

「そうかもしれないけど…。でもこんなにリラックスして人と話せるのは本当に久しぶりだ。」

「ふふっ。私に取り繕う必要はありませんもんね。」

「いや、たぶん森山田さんが素直に自分をさらけ出してくれるから、俺も素が出ちゃうのかも。」

「それって、私が馬鹿正直ってことですか?」

孝俊の言葉を嫌味と受け取ることもなく、あかりは楽しそうに笑っている。
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