君にまっすぐ
「専務、花島様がお見えになりました。」

秘書からの内線で受話器から聞こえてくる言葉に孝俊は声に出さずにため息をついてから、部屋に通せと告げた。
事前にアポが入っていたとはいえ、気が重くて仕方がない。
これから彼女とともに彼女の父親との昼食会の予定が入っている。
背もたれに身を預け、手を頭の後ろで組み、目を閉じる。

コンコン。

聞こえてきたノックの音に目を開き、返事をする。

「入れ。」

「花島様がいらっしゃいました。」

秘書が横にそれると名ばかりの婚約者である花島麗子が現れた。

「お久しぶりね。孝俊さん。」

さすがの孝俊の立ち上がって返事をする。

「あぁ、本当に。半年ぶりかな?」

「それぐらいかしら?まぁ、どうでもいいことですけど。食事に行く前に少しお話よろしいかしら?」

婚約者というのに半年ぶりに会ったとは思えないほどお互いに冷めた表情で挨拶を交わす。
人払いをして、向かい合ってソファに座り、雑談は要らないとばかりに本題へ入る。

「そろそろ、結婚の話を具体的に進めると父が言っています。今日もその話が父からあるのではないかしら?その前にひとつ確認しておきたいことがあってこちらにうかがいましたの。」

「何でしょう?」

「そちらも大いに遊んでいらっしゃるから問題はないでしょうけど、私にはもう5年ほどになるパートナーがいますの。彼はアメリカ人で結婚という形にこだわらないタイプで、私が結婚しても問題ないと言ってくれてます。もちろん、関係はずっと続けていくつもりよ。隠していてもしょうがないことだし、そこはご理解いただきたいの。孝俊さんは1人との付き合いよりも多くの女性との付き合いを好まれてるみたいだから、そこはご自身の判断で上手くやってちょうだい?あと、ゆくゆくは跡取りも必要になるでしょうけど、お互いに肉体関係を持つのは抵抗があるでしょう?だから、そのときは体外受精など別の方法を考えるということでよろしいかしら?」

一方的に話す麗子の話をあきれながら冷めた表情で孝俊は聞いている。
婚約者とは結婚とはこんなものだったか?と思いながらもこの家に生まれた宿命として受け入れるしかないことはわかっている。

「そうですね。お互いに望むことですから、何も問題はないでしょう。」

「話が早くてよかったわ。」

麗子は満足そうに微笑している。

「そちらは何かございます?こちらばかり要求するのもなんですから。」

「いえ、特には。基本的に干渉しないで頂けたらそれで充分です。」

「あら、気が合うわね。私たちうまくやっていけそうね。ふふっ。」

夫婦として関わらないことを確認したことで楽しそうに微笑む麗子を見ているとだんだんと心が凍ってくるようだ。
初めから仲良くなろうとしない関係。
人に壁を作らず、どんな人とも対等に公平に仲良くなろうとするあかりが見たらどう思うのだろうか。
やはり、軽蔑されてしまうのだろうか。
いや、確実に軽蔑されるだろう。
清廉潔白なあかりのことだ。
あかりに嫌われるのがこわい。
だから、孝俊は未だに婚約のことを言えないでいる。
できればどうか知らないままでいて欲しいと自分勝手にも願ってしまうのだ。
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