君にまっすぐ
「孝俊さん、婚約者がいらっしゃるんですね。」

「え?」

「今日一緒におられた花島麗子さん。婚約者なのでしょう?」

昼食を終えて、あかりになにか言われるだろうかと少し怯えながら帰ってきた孝俊に告げられたのは、知られたくなかったことを知ってしまったあかりからの辛辣な言葉だった。
あかりの顔にはいつもの笑顔はなく、無機質で感情が読み取れない。

「田中室長が教えてくれました。私、孝俊さんに婚約者がいらっしゃるなんて思ってもみなくて…すみませんでした。」

その言葉とともにあかりは深々と頭を下げている。
怒られる、軽蔑されるとばかり思っていた孝俊は謝ってくるあかりが不思議でしょうがない。

「どうして謝るの?」

「婚約者のいる方とドライブに行ったり、食事に行ったり、相手の方に誤解を与えるような行動をしてしまっていました。本当に申し訳ありません。花島さん、お気を悪くされていないといいですが。」

婚約者がいると伝えていなかったばかりか、もともと誘ったのも孝俊の方だというのに、人のせいにするわけでもなくあかりの方に否があるとばかりに謝り、麗子のことまで気にかける態度に孝俊の心に重たいものがのしかかる。

「謝らないで。伝えていなかった俺が悪いんだ。それに彼女は婚約者といっても政略結婚で、お互いに干渉しないと決めているから気にしなくていいんだよ。」

「仮に花島さんが気にされないとしても私が気にします。ですから、今後はドライブや食事は遠慮させて下さい。」

孝俊が一番聞きたくなかった言葉をあかりはいとも簡単に口にする。
いつもはわかりやすすぎるくらい気持ちが顔に出るあかりだが、今日はやっぱりあかりの気持ちは全く読み取れない。
孝俊はこのままの関係を続けたい、あかりに拒否されたくないと気持ちが焦る。

「そんな。俺も彼女もいいと言っているのだから。食事くらいいいだろう。」

「私の信条は『自分がされて嫌なことは人にもしない』です。もし、私が婚約者の立場だったら、今私がしている行動は許されるものではありません。ですので、今後は2人きりで会うのは控えさせて下さい。友達という関係がなくなるわけではないのですから。それに田中室長など他の方を交えての交流でしたら、大歓迎ですので。」

最後の方は孝俊の目を見て笑顔を見せるあかり。
そんなあかりに対してポリシーを曲げてまで俺と過ごしてくれなんておこがましいことは言えない。
いや、あかりに出会う前の孝俊ならば平気で言えたかもしれない。
相手の女性のことなんて全く気にしていなかったから。
しかし、明るくて真っ直ぐで公平なあかりを自分の勝手で歪めることはしたくない。
勝手を言えば、あかりから笑顔を向けられることがなくなってしまうことが安易に予想できるゆえにあかりの言うとおりにするしかない。

「…そうだな。あかりがそういうならそうしよう。あかりと気兼ねなく会いたくて今まで黙っていて悪かった。これからも会った時くらいは変わらずに話してくれると嬉しい。」

「はい、それはもちろん。」

笑顔で頷いてくれたあかりに安堵した。

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